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次の記事は、「The Hieros Gamos」を翻訳したものです。興味深い内容となっているので、ここで取り上げたいと思います。神聖な合体とは、ソウルメートとツインソウルのスピリチュアル体、メンタル体、感情体、エーテル体、プラズマ体、肉体の統合です。

元記事

 

「聖なる結婚」を意味するヒエロス・ガモスについては、あまり知られていない。性的秘儀の「聖杯」とも称されるこの奥義について、はたして解明される日が来るのだろうか? by Philip Coppens

「ヒエロス・ガモス」こそは、魔術史を語るうえで欠かせない興味深いトピックでありながら、最も不透明で、長年論争の的となってきました。性行為と儀式を合体させるものだと考えられており、歴史上様々な人々を魅了してきましたが、その本質に迫ることができた者はほとんどいませんでした。
 
昨今、ヒエロス・ガモスはダン・ブラウン著の「ダヴィンチ・コード」で一躍話題となりました。その作品では「心が完全に真っ白になり、神に会うことができる瞬間」として描かれました。性的絶頂の神秘とタントラを結び付けたのは、ダン・ブラウンが初めてではありません。彼はさらに、マグダラのマリアの性器こそが聖杯であると述べました。

ヒエロス・ガモスを定義するならまず、誰がいつこれを始めたのかを発見しなければなりません。ダン・ブラウンなどは、神殿娼婦との関連性を指摘しました。一方、国を治める王が、その「土地」を象徴する巫女と聖なる結婚をすることで、国を活気づけ若返らせていたという説を唱える者もいます。ギリシャ人にとってはもっと抽象的な概念で、神々の結婚を表す言葉であると考えられていました。つまり、それは普通の人間には理解できない領域というわけです。

ユダヤ人や中世の時代でヒエロス・ガモスは魔術や儀式と結び付けられたことから、今日私達が興味を引かれている形のヒエロス・ガモスが誕生したのです。1605年、Cesare della Rivieraは「ヨーロッパでは、これら古代の儀式については、中世からルネッサンスの間に錬金術とカバラを教えていたグノーシス学校を通して伝えられてきました。」と書き残しました。
 
一体、ヒエロス・ガモスとは何なのでしょうか?
 
確定的なのは、聖なる結婚というのは単なる儀式ではなく、機密であるということです。妻と夫の結婚ではあります。しかし、それ以上の神聖さを持っています。神に愛されし結婚。神々が見守る中で行われる、二人の人間による性行為。また、王と上級巫女だけでなく、上級司祭と女王の間でも行われる性行為です。
 
20世紀、カール・ユングが1550年にフランクフルトで20枚の木版画で描かれた、「哲学者たちの薔薇園 (Rosarium philosophorum)」を通してヒエロス・ガモスの研究を始めました。それは明らかに性と王の在り方を描写していました。
 
次のようなストーリーがあります。王と女王は、太陽と月として描かれています。二人は寝床を共にします。そこで性行為を行い、結果二人は一つの存在へと変化します。この木版画を通して、ヒエロス・ガモスの本質を窺い知ることができます。二人の等しい存在、ツインソウル、夫と妻である二人がヒエロス・ガモスを通して再結合するというのが、聖なる結婚の目的なのです。端的に言えば、ヒエロス・ガモスは誰もが可能な結婚ではなく、ツインソウルによる神婚なのです。
 
ツインソウル、またはソウルメイトとして知られる概念は、文明が始まった頃からある概念です。女神イシスと男神オシリスは、家族でありながら夫婦、つまりツインソウルでした。古代エジプト人たちはこれを単なる近親相姦的な関係として見なすのではなく、複雑で形而上学的な枠組みの中で二人を描いていました。
 
他の多くの宗教同様、エジプト人たちも人間には魂が宿っていると考えていました。そしてその魂には男性が女性の片割れがいて、合わさって一つの魂であると考えられていました。つまり、全ての人間にはそれぞれ完璧な双子の魂が存在するということです。人生はツインソウルに出会い、一つに戻るための冒険であるとも言えるでしょう。それこそが愛の真実であり、錬金術の究極なのです。
 
錬金術師ニコラ・フラメルは、妻のペレネレがいなければ錬金術の偉大さに辿り着けなかっただろうと述べました。そして、地球上の大多数の結婚は、ツインソウルとの結婚では無かったことも述べられました。ツインソウルが出会う時、過去世で何度も共に過ごしたことや、本当の愛の知識はさておき、ヒエロス・ガモスは人生のある一点で達成されることでしょう。
 
ではヒエロス・ガモスは、性行為の間に神が現れて、二人の人間に神性の男性性と女性性のエッセンスを吹き込むということでしょうか。
 
歴史上では、ソロモン王とシバの女王の神聖な結婚がそれにあたると考えられます。シバの女王は故郷を遠く離れてソロモン王に出会い、ヒエロス・ガモスを実践しました。
 
キャスリーン・マクゴーワンの実話を基にした小説「Book of Love」でも語られている話です。その中では、神とは男性性と女性性の両方の側面を持っていた存在エルとアーシラトとして描かれています。この二人は物質界で至高の愛と、それによって創造される子供という喜びを体験したいという望みを持っていました。
 
全ての魂にはツインソウルがいて、だからこそヒエロス・ガモスもあり、それを通して融合して一つの肉体になるということです。ヘブライ聖書の一編である「雅歌」にも、ソロモン王が行った神聖な結婚についての記述があります。マーガレット・スターバードによれば、雅歌とエジプトの女神イシスの間には密接な関係があるということです。イシスとオシリスもツインソウルなので、ヒエロス・ガモスを経験できます。
 
雅歌はカバリスト、特にゾハルの書を研究する者にとって非常に重要な聖典であり、そこにはヒエロス・ガモスを表しているとも考えられています。ゾハルでは、神は10の異なる性質を示す球で構成されたシステムとして表され、男性性と女性性の両方を持つ存在として見られています。
 
Shekina(訳注: ヘブライ語で”神が宿るところ”という意味の言葉です)とは、雅歌で女性と同一の存在として語られる、Malchutであると考えられています。そしてその恋人が、神の基礎や、男性原理を表すYesodであるとも語られています。
 
ユダヤ教ではMalchutとYesodはエル、つまり父なる創造神であり、その妻がアーシラトということです。エルは雄牛の姿で描かれ、アーシラトは母なる女神として描かれます。
 
ヒエロス・ガモスを経験した女性は、この母なる女神のエネルギーを体験したり、その中で心の平安に辿り着くとも言われています。上記に加え、紀元前8世紀に建てられたとみられるチャタル・ヒュユクに描かれた壁画に雄牛と地母神の結合の様子が見られることからも、どれほど古い時代からヒエロス・ガモスが知られていたかが窺い知れます。
 
ここまでで明らかになったのは、ヒエロス・ガモスとはツインソウルが物質体として転生し、性行為を行い、神の男性性と女性性の側面を採り入れて一つに合体することであることです。
 
「彼らはもはや、ふたりではなく一体である。だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」 – マタイによる福音書第19章6節
 
合体の経験は「とても言葉では表せない」と言われています。ですが、それがいくつかの要素によって構成される経験であると知られています。男性はエルになり、女性は「天界の女王」であるアーシラトになります。行為の最中、二人はお互いが別々の存在とは言えないことに気づきます。
 
その出会いの最中、それは性行為の枠組みを超え、普通の絶頂とは異なり、より強く、より長く、複数回に渡って続く絶頂感を得ます。普通の絶頂と違い、物質的な快感というよりは精神的なエネルギーであることが分かります。神聖なエネルギーは、一人に独占されるものではありません。通常、人間の性的エネルギーは二人の間に等しく存在し、性的体験は調和をもって二人の間のエネルギーを流れます。
 
ゴルフのフォアサムのようなものです。二人の人間と、エルとアーシラトによって行われる行為です。神殿「娼婦」という言葉を使いたくない、神聖な行為なのです。アーシラトはメソポタミア神話のイシュターとも関係があります。イシュターも神聖な娼婦として知られる女神です。
 
では、女性は特定の方法を学んで修得することで、パートナーとの間に神聖な性の秘儀を実践し、神聖な合体を経験することができるのでしょうか?
 
世界最古の文学作品である「ギルガメッシュ叙事詩」の中で、野人エンキドゥが見つかった際に、女神イシュターの神殿娼婦シャムハトの下へ送られた場面があります。彼女はエンキドゥに人間として生きるための教育を施し、特に祖先から正しい性行為であるヒエロス・ガモスを授かったことを教えました。

この場面や、ソロモン王とシバの女王の例から察するに、誰もがヒエロス・ガモスの神秘に触れることができたわけでは無かったようです。恐らくそれは、ツインソウルの間にのみ伝えられたことだったのでしょう。錬金術師フラメルが、ペレネレとの間だけで実践できたと述べていたのは、彼女が妻だったからというだけでなく、彼女がツインソウルだったからだということです。

そしてそれは、儀礼的なものではなく、二人の物質的、精神的な合体ということです。二つに分かれた魂が肉体と共に一つに融合し、魂の始原へと回帰します。その合体がヒエロス・ガモスと神々が見守ることで祝福されるのです。
 
タントラにも「サマディ」としてこの体験が描かれています。再会した二人が一つに融合し、宇宙意識になるという体験です。タントラではエルとアーシラトの代わりに、シャクティとシヴァが描かれます。ツインソウルの間にしか伝承できないため、ヒエロス・ガモスについては大きく公表できるものではありませんでしたが、魂が完全体へと至るための道程として、最も神聖な行為であることは疑いようがありません。
 
ヒエロス・ガモスを経験したことがあるという人々は皆、特別な体験であったと口を揃えて言います。ヒエロス・ガモスの間、二人とも完全なオーガズムを経験しましたが、それは何も物理的行動をしていなくとも、つまり実際に触れていないのにも関わらず発生したという証言もあります。心を通して性的な刺激が送られてくるのを感じ、それは宇宙意識によって二人が一つになる感覚だったと言います。「無上の喜び」や「天国」と喩える人もいます。「地上の楽園」とも言える感覚こそが、ヒエロス・ガモスの全てなのかもしれません。もし天国のツインソウルが地上に降りてきて、ここで至高の合体を実践したのならば・・・天国で起きることは、地上でも起きるということなのでしょう。